結果
本日、東京時間、微損。
大事な点
今日の微損は
「手法ができていて、 環境認識はできていても、一番美味しいところの利益を伸ばしきれなかった感情面に問題あり」
という部分が要因と感じました。
- 損切りが早すぎて、方向感あたっても、じわじわ負けました。
- 無駄に利益を細かく切り取りすぎました。
損切り貧乏とは自分のことです。
- 「手法に身を委ねる事ができていない。」
- 「精神状態がまだまだ弱い」
この言葉に尽きると思いました。
根深いところだと感じたし、多くのトレーダーも同じところで苦しむところなので、ここについて深掘したいと思います。
「今やっていることを繰り返すと負けて当たり前なんだ」と後から考えると感じます。
しかし、「自分の負けを受け止められない時の気分は地獄です。」
受け止められていない時は大抵、「なぜ負けたのか理解できていないまま」なんだと思います。
自分自身この記事を書き終わった今もまだまだ深堀りが足りないという思いでいます。
今回のミスをあぶり出しきってはいません。
しっくりは来ていません。
あらためて「相場をやる」ということについて深く考えさせられました。
相場にかけている「儲けたいという強い思いが感情の罠を生みます。」
「無駄に利確が早い。無駄に利確を伸ばしすぎる問題」です。
本来、「相場をしていない時間」を「人生の素晴らしい時間というか、世の美しさを味わったりしたい」わけです。
「お金を儲けて劣等感をぶっ飛ばしたい人」もいます。
男性であれば「お金があれば多目的トイレで原始的な欲を満たせる」と感じる人も、もしかしたらいるかも知れません。2020/06/16現在時流に乗ってみました。
- 投資にかける時間を他のことに使えば「社会的に還元できるような素晴らしい時間を作ることもできます」
- 「周りの人を癒やすことができる時間を作れます」
相場をしている時は
「そういった全ての時間を捨てて、相場に時間を使って向き合う」ことになります。
「その上で相場をやって、結果、お金が減ります。」
こう考えると「負けたということは耐えられませんよねぇ。」
「普通に働いてたらお金増えるんで。」
「勝ちたいです。損したくないです。」
「勝ちたすぎて、損したくなさすぎて、また今日もおかしなことしました。」
しかし、「翻弄されて、お金がなくなる可能性がある世界」に身を置くことを「自ら選択」しています。
「お金がなくなるかもしれないことをやっている以上、勝ち続けることができないといけないので毎回真剣勝負です。」
「相場をプレーヤーとしてやる以上、ずっと本当の意味では心は休まらない」と思います。
「家族がいるトレーダーなら自分だけでなく家族を危険に晒しながらトレードすることになります。」
「つまり相場を選択するという時点ですでに時間を使っているので、凄まじいまでの犠牲の上にトレードをしている」ということかなと思います。
負けられませんよね。
「相場をやるということを選択している瞬間に相当凝り固まった精神状態でトレードしている」という気がします。
そしてそういう感情が、逆にすべて固執となり、相場をやるにおいて大切な身軽さを失わせます。
「儲けたい。損したくない、怖い」という感情は狙い撃ちされる。
そんな風に感じます。
「医者とか弁護士とかの自尊心」が「狙い撃ちになる」のもそういうことかと思います。
成功者がなかなか相場では勝てません。
ちょっとした利益を確定させて守りたくなります。
感情の罠にはまります。
FXは「持たざるものの剣」というのは何も、お金に限ったものでもないと思います。
上がるとか下がるとかの予想をやめ、軽やかにトレードルールを遵守し、相場に柔軟に対応する領域になるのは本当に至難の業だと思います。
自分ももちろんそうですが、「何かをかけてトレードをしているような人」は、多いと思いますので、この点、充分認識して大切にして、自分と会話したほうが良いと思います。
やるべきは「損切りももちろん」ですが、
「本当に利益が伸ばせる時を理解して、ちょっとの利益で満足するのではなくちゃんと目標まで伸ばさないといけない」と感じます。
投資での儲けは「純粋な利益ではなく、損切りの経費も含んでいる」わけです。
勝つためには「リスクリワードを合わせないといけない」ということです。
自分自身の場合はたっぷり時間を使って相場を一日中見てきたので「相場を見極める力が増えてきて、とても大きな可能性のあるチャンスのところをやっているんだ」という理解を深める必要があると感じました。
すべてを取り返すべく「利益を伸ばしすぎる人」も同じなのかもしれません。
小刻みな波に翻弄され精神を消耗させます。
損切りに痛みを感じない「納得感を作り出す」
相場は、感情を揺さぶってくるし、「友人はこの前1億円以上ロスカットしていました。」
「子供がいて守るものがありながらの1億って、想像を絶する精神状態」になると思います。
相場をやり続けると「大なり小なり大負けを経験する」時は来ます。
「投資が好き」という一言ではとても片付けられない面と遭遇することになると思います。
背負うものができ、精神状態も変わったらそこから狂い始めます。
とても繊細なものです。
「相場の環境認識」だけではなく、
「常に自分の精神状態に気を配っておかないといけない」と思います。
「損切りは上手にそして、しっかり利はのせないといけない」
「トレードルールを検証し、作り、守る」ということになると思います。
「多くの人の悲鳴の上に利益は成り立つ」のは事実です。
「純粋な知的ゲームで真剣勝負をしている」ということを許容している人間同士が戦っています。
相場の苦しみから命を落としている人間さえいます。
自分自身、今日限り「相場が好き」という安易な言葉を訂正します。
「自分と相場と向き合い、結果を出すために再度取り組みたい」と思います。
「相場を表現する言葉をまだ自分は持っていません。」
「今日も生き残れた。」
投機家としては、この言葉につきると思います。
なので勝っても勝っても、もはや喜べません。
明日は生き残れないかもしれないのです。
その可能性がある以上偉そうなことも言えません。
一生謙虚でいる必要があります。
逆に言えば、今もまだ相場をやり続けることができることに対する感謝。
相場をする時間を作り出すことができている時間に対しての感謝もしたいです。
こういったことを念頭に置いて、
一回のトレードからどれだけ深く感じ取り、自分の財産とするか
蓄積の大切さを認識しながら自分自身取り組みたいと思います。
あらゆる失敗を経験したトレーダーは強いと思います。
相場は自然界の法則のようなフィボナッチなどが通用するレベルの存在ですから、
- トレード以外でも「自身のあり方」についてもかなり多くの深い学びがあると思います。
- 攻めと守りのタイミング等の本質的な勝負感です。
変に勝てているトレーダーはそれはそれで、失敗した時に立て直すのに苦労するということもわかります。
一回のトレードから多くを学び、トレードルールを楽に守れる精神状態。
- 相場をやるために「損切りに対する納得感を作ること。」
- 「感情の罠に飲まれてしまわないようにする」こと。
継続した自分のテーマとなります。
こういうことを考える時は、イチロー選手とか梅原大吾選手とか見習いたいです。
この記事を書き終わった後もまだ、引き続き考えていきたいと思います。
追記
↑前半でしっかり反省して、後半戦しっかりと握りきり、今日の負けと昨日の負け以上に取り替えしプラテンしました。
自分にとってまた一つ転換になった日になりそうです。
やるからにはトレードでも生き残れるように継続して精進します。